大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(特わ)265号 判決

主文

被告人を懲役八月及び罰金一〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。この裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都町田市○○×丁目××番×号の自宅に事務所を置き、不動産の売買ならびに仲介業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、支払手数料、接待交際費をそれぞれ架空計上して簿外預金を設定する等の方法により所得を秘匿したうえ、昭和四二年分の実際課税総所得金額が六〇三〇万円(別紙(一)修正貸借対照表及び(二)税額計算書参照)あったにもかかわらず、昭和四三年三月一四日、東京都八王子市子安町四丁目四番九号所在の所轄八王子税務署において、同税務署長に対し、同年分の課税総所得金額が二〇九九万三〇〇〇円でありこれに対する所得税額が一〇一六万四六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額三六〇四万三八〇〇円と右申告税額との差額二五八七万九二〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)(甲、乙番号は検察官の、弁番号は弁護人の各証拠請求番号を示す。)

右の事実は、《証拠省略》を総合して、これを認める。

(争点に対する判断等)

第一所得税逋脱犯における実際所得金額の認定に際しいわゆる財産増減法を用いることの可否について

一  当事者の主張

検察官は、本件においては、逋脱税額算出の基礎となる被告人の昭和四二年分の実際課税総所得金額をいわゆる損益計算法によっては算出できない事情(後述)が存するため、いわゆる財産増減法によってこれを算出した旨主張する。

これに対し、弁護人は、(一)所得金額の算出は、所得税法(以下「法」という。)の諸規定に照らし、損益計算法による実額に基づくべきであり、理由附記の違法により青色申告承認の取消処分が取消された結果、青色申告者の地位を回復している被告人に対し、推計課税の方法である財産増減法によってその所得金額を算出することは、法一五六条括弧書の除外規定に違背し、許されない、(二)仮りに、一般論としては、財産増減法による所得金額の算出が許容される場合があり得るとしても、本件の具体的場合においては、損益計算の基礎となるべき帳簿書類その他の直接資料が存在し、これによって実額の把握が可能であるから、推計の許容条件は存在しない、のみならず、(三)本件推計の方法には合理性が認められないから、いずれの点からしても検察官の立証は違法と言うべく、結局、本件は逋脱税額につき犯罪の証明がなかったことに帰着するので被告人は無罪であると主張する。

弁護人の所論(ことに右(一)の点)は、刑事裁判における事実認定の方法としての財産増減法による所得金額の算出を、税務署長が更正又は決定をするに際し許容されている法一五六条所定の推計と混同するという誤りに立脚するものであって、その一事を以てしても、主張自体失当と評せざるを得ない。以下、刑事裁判における財産増減法による事実認定が法一五六条所定の推計とはその本質を異にするものであること、本件の具体的場合においては財産増減法による立証を許容すべき事情が存し、かつ、その方法も妥当であることにつき略説する。

二  財産増減法による立証の許容性

1 最高裁判例との関係

租税逋脱犯における逋脱所得金額の間接的資料による認定に関しては、最高裁判所昭和五四年一一月八日第二小法廷決定が既に積極の結論を示しているところである。当裁判所も、基本的には右決定に同調するものであるが、右決定は直接には財産増減法の問題を論じたものではないこと、結論的な説示をするのみであって理由付けの詳細に論及していないこと等の諸点に照らし、弁護人の所論に応える意味において、若干の補足的説明を付加することとする。

2 法一五六条所定の推計との関係

当然のことながら、法一五六条は税務署長のなす更正又は決定という行政処分に関し適用される規定であって、刑事裁判に適用されるものではない(前記最高裁決定が「いわゆる推計の方法」という表現を用いたり、法一五六条所定の文言と類似の間接事実を列挙しているからといって、法一五六条が刑事裁判に適用されることを是認する趣旨ではなく、同条所定の推計とは本質を異にする別個の事項、すなわち刑事裁判における間接事実による主要事実の推認の問題に論及しているものであることは、その行文全体に照らし明白である。)。従って、弁護人所論のような青色申告者に関する除外規定である同条括弧書の適用も、もとより問題とする余地はないのであって、以下の考察においては、青色申告、白色申告のいずれであるかを問わず、両者に共通する問題としてことを論じなければならないのである。

3 財産増減法許容上の問題点

現行所得税法は、所得金額の計算につき損益計算原理を採用しており(法三六条、三七条)、その年分の収入金額から必要経費を控除することによって所得金額を算出するのを原則としている。他方、従来から、公正妥当な会計処理としては、右損益計算法によるほか、貸借対照表による財産増減法(期首現在の貸借対照表の各勘定科目の数額と期末現在の貸借対照表の各対応科目の数額とを比較し、期中の増加額すなわちその年分の所得を算出する方法)が併用されており、両者による計算結果は理論上一致すべきものであるところから、税法の規定に従った所得金額の計算は損益計算法によってこれを行い、その結果を貸借対照表による財産増減法によって験算するのが、正確を期するうえで妥当な方法とされているのである。両者は、いわば車の両輪の如き関係にあるものと言えるが、問題は、算出の基礎となるべき帳簿その他の資料の不足から損益計算法による正確な所得金額の算出が不可能な場合、験算の手段である財産増減法のみによって、所得金額を算定することが許されるかという点に存する。

この問題を解決するためには、まず、次の二点を検討しておく必要がある。

第一点は、所得税逋脱犯の特別構成要件の問題である。さきに見たように、所得税法はその年分の収入金額から必要経費を控除する損益計算原理によって所得金額を算出すべきことを定めているのであるが、法二三八条一項は、所得税逋脱犯の実行行為を「偽りその他不正の行為により、第一二〇条第一項第三号(括弧書省略)に規定する所得税の額につき所得税を免れ」ることと規定しており、これを受けて法一二〇条一項三号は、同項一号に掲げる課税所得金額につき第三章(税額の計算)の規定を適用して計算した所得税の額と規定していることに照らし、構成要件要素として主要事実となるものは所得税の額及び収入金額から必要経費を差引いた金額(すなわち、課税所得金額)であって、右差額を立証する手段が他に存する場合には、前記収入金額及び必要経費を個別に立証することまでは必要でないものと解するのが相当である。

第二点は、収入金額及び必要経費を個別に立証する必要がないものとしても、所得税法がこれらによる損益計算原理を規定している以上、他の計算方法により所得金額を算出することは租税法律主義(憲法八四条)に違背し許されないのではないかという点である。しかし、この点については所得税法自体が右の計算原理を絶対のものとはしておらず、右の原則に対する例外を許容しているのである。すなわち、前出の法一五六条がまさにそれである。もっとも、さきにも指摘したとおり、同条が直ちに刑事裁判に適用されるということではないのであって、ここで同条を引用する趣旨は、所得税法が損益計算原理を唯一絶対のものとして他の方法による立証を一切許さない、いわば法定証拠主義を採るに等しいものではないことの例証とするためである。他の方法による立証が許されることもあり得るとすれば、如何なる証拠がこれに適合するものとして許容されるかは、同条の問題ではなくて、もっぱら刑事訴訟法の問題である。

もう一点、租税法律主義との関連において留意すべきことは、法一五六条による推計が許されるのは、損益計算原理に基づく所得計算ができない例外的な場合に限られるということである。このことは、同条の法文には必ずしも明示されていないけれども、同条の規定内容及び法典全体の構成に照らし、当然の解釈として肯認されなければならない。すなわち、所得金額の算出はあくまで損益計算原理に基づくことが原則であって、それ以外の方法を用いることが許されるのは、損益計算が不可能な例外的場合に限られるのであって、かかる基本理念は、租税法律主義の内容をなしているものと解すべきである。従って、刑事裁判において、間接事実による主要事実の推認が許されるとしても、それはあくまで損益計算による所得金額の算出が不可能な場合に限られるのであって、損益計算が不可能であることは、財産増減法による立証を許容するための条件をなすものと解するのが相当である。検察官は「刑事事件において、所得額を損益計算法によって立証するか、財産増減法によって立証するかについては、いずれの方法によっても、所得額が理論的に一致すべきものとされている以上、本来、検察官の裁量によって選択し得るものである」との基本的立場を採るものの如くであるが、その当を得ないことは、上記説示に照らし明白である。

4 財産増減法による証明の程度

所得税逋脱犯の事実認定においては、実在する所得額(以下「実額」という。所得を構成する個々の科目について述べる場合には、それぞれの科目についての実在する金額の意味に用いることもある。)を合理的な疑いを容れる余地のない程度に立証する必要があることは、いうまでもないところである。従って、民事裁判におけるように、一応の蓋然性の程度を以て足り、かつ、近似値計算の本質上、算出された金額が実額を上廻ることも許容されるような「推計」の方法によることが許されないのは当然である(前掲最高裁決定が、その判文において「租税逋脱犯における逋脱所得の金額の認定にあたっては、(中略)いわゆる推計の方法(中略)(によることも)当然に許容されるべきものであり云々」と説示しているのは、本文に記載したような民事裁判におけると同様の「推計」が許容されるとする趣旨でないことは、さきに一言したとおりである。)。従って、財産増減法によって所得金額を認定するに当っては、財産増減法による算出金額(認定金額)が実額を上廻ることがないことの保障が必要である。蓋し、算出金額が、実額と一致するときはまさに実額そのものが認定されることとなり、実額を下廻るときは実額の一部を認定することとなって、ともに実額による認定と言い得るのに対し、実額を上廻るときはその上廻った分については実在しない架空の所得金額によって被告人を処断することとなるからである。

そして、財産増減法による算出金額が実額を上廻らないための保障としては、第一に、修正貸借対照表の各勘定科目の金額がすべて実額によって算定されていることが必要である。もとより、個々の勘定科目の中に直接証拠によってその金額を立証することができないものがあるときは、間接事実によってこれを推認することも許されるが、間接事実といえども厳格な証明の対象であることは当然であり、また、間接事実による当該金額の存在の立証は、合理的疑いを容れない程度のものでなければならないことも、いうまでもない。第二に、財産増減法は、期首期末の資産負債の状態から期中における財産の増加額を知ろうとするものであるから、その中に過年分からの持込資産の混入するときは、当該年分以外の所得を当該年分の所得であると誤認する危険がある。従って、各勘定科目中に過年分からの持込みがないことは、とくに留意して吟味しなければならない(後記第五参照)。第三に、財産増減法によって判明するのは期中における財産の増加額であって、その増加の原因を直接に知ることはできないのであるから、所得の源泉を知る必要のあるときは、他の証拠によってこれを確定しなければならない。この観点からとくに注意を要するのは、(イ)非課税所得(法九条以下)の混入していないことの確認、(ロ)所得の種類(法二二条以下)の確認(たとえば、期中における財産の増加額から、その原因の判然している雑所得、不動産所得等の金額を控除し、残余を事業所得と認める場合等においては、残余の中に異種の所得、たとえば給与所得等の混入していないことを確認する必要がある。)である。第四に、期中における財産の外部流出分(所得の処分)とみられる事業主貸勘定については、とくにその数額の確定及び経費性の支出の含まれないことの確認に留意しなければならない。このようなすべての要件が充たされてはじめて財産増減法による算出金額が実額を上廻らないことの保障が得られることとなり、合理的な疑いを容れる余地のない程度に所得金額が立証されたことになるのである(かかる制約の多い点からしても、財産増減法は所得金額の立証方法としては間接的、補充的なものであり、損益計算法が直接的、原則的なものであることは明らかである。)。

三  本件において財産増減法によることがやむを得ない事情

弁護人は、本件においては、被告人の経理内容、取引実態、事業歴等に照らし、損益計算法により所得金額を算出することが可能であった旨主張するので検討するに、《証拠省略》によれば、(一)被告人は昭和三八年四月一日所得税の青色申告書提出承認申請書を八王子税務署長に提出しその承認を受けるに至ったものであるところ、(二)右申請書に記載されているような「現金出納帳」を備付けず、(三)「経費明細帳」も、日々の取引毎に継続して記載したものではなく、年数回、不定期にまとめて記帳したものであって、(四)伝票類も作成しておらず、(五)現金、預金の頻繁な動きが窺われるのに、その都度の収支を記帳していないこと、(六)領収証のない支出が少なからず存在すること、また、(七)公表の実名預金とは別に「B勘」と称する仮名の預金口座を設け利用していたこと、(八)収入手数料については、被告人自身、必ずしも正確でないことを自認しており、(九)申告した必要経費のうち約三割を占める接待交際費(三七三四万三九九五円)につき、その一部に架空の支出金額の混在が認められるのみならず、右支出金額をめぐる所得秘匿行為につき、後記認定のとおり、疑わしきは被告人の利益に解する結果として費用の支出を認めたものがあって、備付けの帳簿書類それ自体のみからは実額を算定し得ないものであることの事実を認めることができる。

被告人の右の如き帳簿書類、記帳内容をもってするときは、その収入金額及び必要経費につき正確な実額を認定することは著しく困難といわざるを得ないので、本件は損益計算法によって被告人の所得金額を立証することができない止むを得ない事情が存在するものと認めるのが相当である。

第二青色申告承認取消処分の取消及び更正処分の取消と刑事処分との関係について

弁護人は、(一)被告人は、昭和四五年一〇月一七日付で、八王子税務署長より、昭和四〇年分以降の青色申告承認の取消処分を受けたものであるところ、右取消処分は、理由付記の違法により、昭和五四年二月二三日付で国税不服審判所長の裁決により取消された、(二)右に伴い、昭和四五年一〇月二〇日付で八王子税務署長のなした被告人の昭和四〇年分ないし昭和四二年分の所得税に関する各更正処分も、昭和五四年二月二七日付を以て国税不服審判所長の取消すところとなった。(三)従って、被告人には各更正処分に基づき納付すべき税額はないことになり、これに基づく重加算税等の賦課処分も取消された、(四)法二三八条所定の所得税逋脱犯の保護法益である租税債権(国税徴収権)は、特定の納税義務者に対する特定年分の具体的な法律上徴収可能な債権を指すと解すべきところ、上記の如く、本件においては、更正処分が取消された結果、被告人に対する昭和四二年分所得税につき、確定申告額以上の租税債権は初めから存在しなかったこととなるため、被告人の(虚偽過少と主張されている)申告行為によって侵害さるべき保護法益(租税債権)は存在しないから、法益侵害すなわち構成要件的結果の発生する余地はなく、国家刑罰権を発動すべき根拠は失われ、「被告事件が罪とならないとき」に当るものとして、刑事訴訟法三三六条により被告人は無罪であると主張する。

しかしながら、およそ所得税逋脱犯は、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の確定申告書を提出してそのまま法定納期限を徒過することによって直ちに成立し、その後の行政処分の如何によってその成否に何らの消長を来たすものではないと解するのが相当であるから、現に偽りその他不正の行為によって正当に納付すべき税額を免れた事実のある以上は、たとえ、行為者に対する青色申告承認の取消処分に手続上の過誤があってこれが取消され、その結果、更正処分そのものが取消される事態を生じようとも、当該逋脱行為に対しては所定の刑罰が科されて然るべきものと解すべきである。蓋し、所得税逋脱行為は、その行為時において客観的に存在した租税債務を免れたことによって成立するものであって、行政庁の更正処分をまってはじめて成立するものではないから、右更正処分が後日取消されると否とは、刑事責任の存否とは直接関わりがないからである。

第三所得秘匿行為の認定について

一  A夫妻からの土地仕入代金の水増計上

検察官は、被告人がA、同C子夫妻(以下「A夫妻」という。)から仕入れた八王子片倉所在の土地八筆の仕入代金のうち、昭和四二年二月五日契約相当分として公表計上した四三〇八万六〇〇〇円中には一〇〇〇万円の水増計上分が含まれている(なお、同仕入代金のうち、昭和四一年一二月一日契約相当分として公表計上した四一三二万六〇〇〇円中にも一〇〇〇万円の水増計上分が含まれているから、A夫妻からの土地仕入代金の水増計上は、昭和四一、同四二年度を通じ合計二〇〇〇万円となる。)と主張し、弁護人は、これに対し、本件土地取引は、実際は昭和四二年中に一括して行なわれたものであるが、売主であるAから節税のため売買契約を昭和四一年と同四二年の二口に分け、売買金額も表向きは三一三二万六〇〇〇円と三三〇八万六〇〇〇円の二口とし、その他に裏金として各一〇〇〇万円の合計二〇〇〇万円を支払って欲しい旨依頼され、これに応じたものであって、検察官が水増計上分として指摘する二〇〇〇万円は、A夫妻に対して実際に支払った裏金であると主張する。

よって案ずるに、《証拠省略》を総合すれば、被告人は、昭和四二年にA夫妻からその所有にかかる八王子片倉所在の土地八筆を一括買受けて小田急電鉄株式会社(以下「小田急電鉄」という。)に売却したものであるが、その際、A夫妻から、所得税の累進税率の適用を軽減するため、形式上取引を昭和四一年と同四二年の二口に分け、かつ、表向きの契約金額のほかに裏金として二〇〇〇万円支払うよう要請され、これに応じたこと、そこで、被告人は、昭和四二年一月月二七日三菱銀行町田支店において、A夫妻に対し、表向きの契約金額として昭和四一年一二月一日契約相当分三一三二万六〇〇〇円及び同四二年二月五日契約相当分三三〇八万六〇〇〇円の二口合計六四四一万二〇〇〇円を自己名義の普通預金口座から各別に支払うとともに、裏金相当分として持参した手元資金二〇〇〇万円については、同銀行行員からのいわゆる資金のヒモを付けておいた方がよい旨の示唆に基づき、うち七六六万円分を同支店の被告人名義普通預金口座から当日払戻を受けた現金によって支弁することとし、手元資金一二三四万円を加えて合計二〇〇〇万円としてこれをA夫妻に支払い、両名の実印の押捺されている領収証を徴したこと、被告人は、その後関与税理士のSと相談したうえ、公表帳簿上、A夫妻からの土地仕入代金を昭和四一年と同四二年の二口に分け、かつ、前記表向き契約金額に各一〇〇〇万円を加算して計上し、昭和四一年一二月三一日現在(過年度金額)として、A夫妻に対する買掛金四一三二万六〇〇〇円及びこれに見合うものとして小田急電鉄に対する売掛金四四九四万六〇〇〇円をそれぞれ計上したことが認められる。

これに反し、証人Aの当公判廷における供述及び第一八回公判調書中の同証人の供述部分は、右裏金二〇〇〇万円の授受の事実を否認しているが、前示のとおり、A夫妻の実印の押捺された特別資金として二〇〇〇万円を受領した旨の昭和四二年一月二七日付領収証の存在に関する同証人の弁解、すなわち、当日白紙にためし印を押捺してその場に捨てたことがあるので、それを拾った被告人が利用して擅に領収証を作成したものであろうとする点は、その供述時における同証人の異常な挙動に加うるに、同書面上に存在する両名の印影の位置が、各署名の真横に正確に押捺されていて、その外形上をみてもためし印とは認められないこと、同書面を代書した銀行員である証人Mは、同書面は逆に所定事項を記載した後に押印がなされたものであって、白紙に押印したことや捺印のみ存する白紙に記載した記憶はなく、また、代金の支払場所に立会ったが、架空の領収書を作成した記憶はないと供述していること等と対比しても到底措信できず、前示認定を覆えすに由ないものといわねばならない。むしろ、前掲証拠によって認められる被告人による八王子片倉の土地買収計画全体の中でA夫妻所有地の分がとくに買収単価の点で難航していた事実は、A夫妻に対する裏金の交付を余儀なくさせる事情として、前示認定を裏付けるものである。

なお、被告人は、捜査段階においては、A夫妻に支払った金額は契約書記載のとおりであって、二〇〇〇万円はAに渡していない旨供述しているが、しかし《証拠省略》によれば、被告人は、本件査察前の段階において、Aから裏金を請求されて二〇〇〇万円を支払ったことにつき、どのようにこれに対処するか、また、右金員を帳簿上計上したらよいか等右関与税理士等に相談した事実が認められ、これと対比すれば、前記被告人の各供述は、Aをかばうために、同人の名前を隠したものと推認することができ、従って、信用できないといわざるを得ない。

また、元小田急電鉄土地開発部長である証人Dは、裏金の支払いを要求された事実はない旨供述しているが、本件取引は、被告人がA夫妻から本件土地を買取って小田急電鉄に転売したもでのあって、A夫妻と小田急電鉄との間の売買を被告人が仲介したものではないから、同証人が、裏金の要求を受けていないとしても何ら怪しむに足りない(むしろ、同証人によれば、小田急電鉄としては、地主から裏金の要求があるような場合には、被告人の仲介による直接取引は行わず、被告人による買取り、転売の方法によっていたことが窺われるから、A夫妻との取引が後者の方法によっていること自体、裏金の要求がなされたケースであることを推測させるものである。)。

以上のとおりであるから、A夫妻に対する二〇〇〇万円の支払いは、真実と認められ、従って、これが水増計上による所得秘匿行為であるとする検察官の主張は、採用できないといわねばならない。

二  T機械に対する架空支払手数料の計上

検察官は、被告人がT機械土木株式会社(以下「T機械」という。)に支払ったと主張する手数料のうち三七〇〇万円は、一旦T機械の預金口座に入金した後、引出されて被告人のもとに戻っているので、架空支払手数料であると主張するのに対し、弁護人は、右金員は、被告人が小田急電鉄関連企業体のため土地買収を行うに際し、先行の買収業者に手を引かせるための「手引料」として同社代表取締役Eに対し実際に支払ったものであって、何ら架空経費を計上したものではないから、これを以て被告人の所得秘匿行為と見ることはできない旨主張する。

よって検討するに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

被告人は、昭和四二年頃、神奈川県茅ヶ崎市所在のT機械に対し茅ヶ崎地区の用地買収の下請方を依頼していたが、同社代表取締役Eに対して、税金対策として、被告人から右用地買収交渉に伴なう手数料を受取ったことにして欲しい、その代り口銭を支払う旨架空受取手数料の計上方を依頼し、その協力を得た。そこで、被告人の取引銀行である三菱銀行町田支店に同年一二月三〇日、T機械名義の普通預金口座を開設し、同支店の被告人名義普通預金口座から二二〇〇万円の現金支払いを受けたうえ、同日、前記T機械名義の普通預金口座に右金員を預入れ、更に同日、同預金口座から一〇〇万円を残して数口に分けて二一〇〇万円の払戻しを受け、その一部一五〇〇万円を大川弘名義の被告人の仮名預金に戻入した。そして右謝礼として、前記T機械名義預金口座に残した一〇〇万円に手元資金から現金一〇〇万円を加え、合計二〇〇万円を支払った。

次いで、翌昭和四三年四月三日にも前同様の方法により同支店の被告人の預金口座から一五〇〇万円の払戻しを受け、前記T機械預金口座に一五〇〇万円を振替入金して手数料支払を仮装したうえ、同月五日、同口座から一五〇〇万円の現金支払いを受け、自己のその余の資金と併せ同月八日頃被告人の借入金の支払いに充てたり、被告人の無記名定期預金設定に充当したりした。

なお、右一五〇〇万円の架空受取手数料計上の謝礼として、昭和四三年四月三日、現金で二〇〇万円をT機械あてに支払った。

そこで、被告人は、昭和四二年分公表帳簿に支払手数料として二二〇〇万円、同一五〇〇万円(未払分)をそれぞれ架空計上するとともに、T機械においても総勘定元帳、振替伝票等に三七〇〇万円の入出金状況を記帳せしめた。

以上の事実を認めることができる。

これに対し、弁護人は、本件において関係者間に供述の相対立する状況にある以上は、T機械の諸帳簿に明記されている受取手数料受入れの事実の客観的評価こそ最も基本的なことであるが、右記載が虚偽であるという証拠もなく、かつ、本件査察当時、東京国税局は、Eに対し関係帳簿類を示し追及した結果、Eが被告人からの金銭受領を認めたので、被告人に支払手数料水増の不正行為はないと認定して告発事実には支払手数料の架空計上を掲げていなかった事実に徴しても、不正行為がなかったことが推論されようと主張する。

しかしながら、Eは、当公判廷において被告人から架空受取手数料の計上を依頼され、謝礼を貰った旨供述しており、捜査段階においても、当初は、受取手数料の架空であることを一たん自認する供述をしているのである。同人は、その後同年六月一二日に至って三七〇〇万円を実際に受領した旨、さきの供述を飜えしているが、これは、同人の記載したと認められる日誌に、その直前の六月九日において被告人とこの件につき談合した旨の記載のあることに照らし、被告人と打合せのうえ、その供述に合わせるべく、前記供述を飜えしたものと認められ、同人のさきの供述及び前示認定を覆えすに由ないものといわざるを得ない。

また、T機械の諸帳簿に三七〇〇万円の入出金に関する記載のあることは、弁護人主張のとおりであるが、右記載の経緯については、同社の経理担当者であるFの供述によれば、昭和四三年一一月ころ社長から渡された銀行通帳の記載のとおりに帳簿に入金を記入したにとどまること、社長からは右の金員は被告人からは貰っていないと告げられたこと、二二〇〇万円の内一〇〇万円だけ貰って二一〇〇万円は受取っていないと聞いていること、社長貸付金として伝票を起したのは、右金員が会社に存しないので辻褄を合わせるために帳簿上一応そのような形式にしたに過ぎないこと、しかも、T機械では、その後、昭和四三年一一月期の決算において、右三七〇〇万円の受取手数料を除外して計上していることが認められ、これらの事実に徴すれば、前記T機械の帳簿、メモ等の記載は虚偽であると断ぜざるを得ない。

また、告発書に告発事実の記載のないことは、国税局の調査の段階では未だ充分な真相究明がなされなかったものと考えられるから、何ら前示認定を左右するものではない。

なお、以上に認定したとおり、T機械名義普通預金に残された残額一〇〇万円は、被告人からの同社に対する謝礼に充当されたものであるから、同社に帰属するものと認むべきであり、また、被告人から同社に現金で支払った謝礼一〇〇万円については、期中に必要経費として現実に支払われたことが認められるので、後記第五に詳述する如く、これを別紙(一)の修正貸借対照表上「期首調整金」勘定において処理することとする。

三  接待交際費の水増計上

検察官は、被告人が地主等に対する接待のため旅館「春光苑」、キャバレー「パリー」、同「シャトーブルー」に対し支払ったと称する接待交際費中には多額に上る水増計上分が含まれていると主張するのに対し、弁護人は、計上金額はすべて実際に被告人が支出したものであって、何らの所得秘匿行為も行われていないと主張するので、この点について判断する。

まず、検察官は、総論として、被告人の昭和四二年分接待交際費は三七三四万三九九五円であって、その内訳は約三二〇〇件であり、一日平均八・七六件、金額一〇万二三一二円に上るが、その大半がバー、キャバレーにおける飲食であることは、常軌を逸した支出であって到底真実とは認め難い旨主張する。しかし、後に見るように、バー、キャバレーにおける飲食のすべてに被告人が直接関与していた訳ではなく、被接待者が遊興飲食した料金を後日被告人に精算を求めて来た分が相当額含まれている可能性も存することからすれば、単に一日当りの接待件数、金額が異常に多いとの一事を以て、直ちに真実でないと見るのは早計に失するものというべきである。

そこで、検察官指摘の各接待交際費につき、個別的に水増計上の有無を検討してみよう。

1 旅館「春公苑」に対する支払分

《証拠省略》によれば、春光苑の売上明細書と公給領収証の金額との間には開差があり、領収証の額面金額の冒頭又は末尾に数字を書き加えて改ざんし、領収金額過大計上の工作をした形跡が認められ、その数額は合計五〇万四九七〇円であるところ、被告人も捜査段階において「春光苑」分の領収証の金額を改ざんした事実を自認している。

従って、旅館「春光苑」については、接待交際費につき水増計上し所得秘匿行為をなした事実を認めることができる。

2 キャバレー「パリー」、同「シャトーブルー」に対する支払分

押収にかかる経費明細帳(昭和四二年)によれば、キャバレー「パリー」に対する接待交際費合計八七二万三八一二円、同「シャトーブルー」に対する接待交際費合計一二四〇万四四二〇円が公表計上されていることが認められるところ、検察官は、キャバレー「パリー」関係公給領収証のうちには、過年分に属する昭和四〇年又は同四一年中に発行されたもの四一〇枚、金額二八七万四七〇九円が混入しており、また、同「シャトーブルー」関係公給領収証一三一枚のうちには、連続番号のもの一一五枚が使用されており、正常に発行されたものでない疑いがあり、更に、昭和四一年中に発行されたもの一一枚分、金額四一万三二八〇円が混入しているうえ、小田急電鉄関係の者が右領収証の示す程頻繁に使用した形跡はなく、被告人の事業と全く関係のない者あての領収証が含まれているので、その大半は水増計上であると主張する。

これに対し、弁護人は、被告人はこれらのキャバレーに対し直接飲食代金を支払ったものではなく(キャバレー「シャトーブルー」に至っては、被告人は一度も足を踏入れたことがない。)、取引上の接待があったとして関係者が持込んで来る領収証に対し、それと同額かそれ以上の金員を相手方に手交していたものであって、持ち込まれた領収証の中に過年分の発行日付にかかる分や一連番号にかかる分があったとしても、そのことを捉えて相手方を追求することなく、言われるままに金員支払に応じて来たものであり、それは関係地主や取引関係者をつねに自己に惹きつけておくための営業政策の一環である。被告人は、小田急電鉄内の特殊な消息筋にいたGの遊興費を積極的に負担していたのであって、同人の持込む領収証に不審なものが混っていたとしても、被告人が小田急電鉄関係者に金員を支払ったことを否定する根拠にはなり得ない旨主張する。

そこで検討するに、《証拠省略》によれば、キャバレー「パリー」につき検察官主張のような過年分の公給領収証が混入されていることが認められ、《証拠省略》によれば、同「シャトーブルー」につき検察官主張のような一連番号の領収証が使用されていること、過年分に発行された公給領収証が混入されていることが認められ、《証拠省略》によれば、被告人がキャバレー「シャトーブルー」に出入りしたことはない事実が認められる。以上の事実に徴すると、過年分の発行日付の領収証や一連番号の領収証の存在は、接待交際費の計上に際し、水増その他の不正経理が行われたのではないかとの強い疑惑を抱かせるものであるが、それは、被告人がこれらの支払先に直接料金を支払い領収証を徴していることを前提として初めて言えることであって、取引関係者等が遊興料金を一旦自ら支払ったうえ、その領収証を持参して昭和四二年中に被告人から同額の支払いを受けていたものとすれば、前記のような疑惑のある領収証の混入は、直ちに被告人による所得秘匿行為の存在に結びつくものと言うことはできない筋合いである。そして、前掲各証拠によれば、被告人が取引関係者の持参した領収証に対して支払をなしたものであるとの弁解は、あながちこれを否定しがたいものがあると言わざるを得ない。もとより、被告人が持参された領収証の全部につき記載金額をそのまま支払ったものであるか否かについては疑いが残らない訳ではないが、逆に、そうでないということの立証も尽くされていない。

従って、本件接待交際費の計上が水増であることについては、合理的な疑いを容れない程度に証明がなされたものとは認められないので、所得金額の算定に際しては、疑わしきは被告人の利益に従う原則のとおり、これらの支払いが期中に実際にあったものとして取扱わざるを得ない。

そこで、本件において検察官が水増計上と主張するキャバレー「パリー」分八七二万三八一二円の内の過年分二八七万四七〇九円、同「シャトーブルー」分一二四〇万四四二〇円の合計一五二七万九一二九円については、後記第五のとおり右金額が期首に存在していたものとして別紙(一)の修正貸借対照表上「期首調整金」勘定に計上することとした。

四  簿外預金の設定

検察官は、被告人が多数の仮名普通預金及び無記名定期預金の設定をしたことを所得秘匿行為として主張している。

ところで、仮名・無記名預金の設定そのものは、税法上無色の行為であって、それが利子所得の逋脱を目的とする場合又は他の所得秘匿手段によって生じた簿外資産を隠蔽する目的でなされる場合に限り、所得秘匿手段たり得るものである(検察官の主張は、その後者の場合にあたると考えられるから、正確には「簿外預金の設定」と呼ぶべきである。)。

これを本件についてみるに、被告人は、これらの預金を「B勘」と総称して、所得秘匿行為の隠蔽(たとえば、前示T機械に対する架空支払手数料の計上に際してT機械から返還された資金を大川弘名義の仮名普通預金に戻入させる。)に利用していたものであることが認められる。かかる簿外取引に利用した行為は、右預金が仮名であるところから、税務官庁にとって納税者の所得金額の正確な補捉を困難ならしむるものであるから、右の行為は税を免れる意図をもってなした所得秘匿行為であるということができる。

第四修正貸借対照表掲記の勘定科目について

別紙(一)の修正貸借対照表掲記の各勘定科目中、弁護人においてその数額等を争うもの及び認定にかかる数額につきとくに説明を要するものについて、以下に分説する。

一  弁護人が数額等を争う科目

1 「①現金」勘定

昭和四二年期首、期末における被告人の手持現金の在高を各二〇〇万円と認定したのは、被告人の収税官吏に対する昭和四四年五月三〇日付質問てん末書及び検察官に対する昭和四六年三月二日付供述調書の記載による。

手持現金の在高は、性質上常時変動するものと考えられるが、帳簿等に記載がなく、実地調査することも事実上不可能な過去の一定時点における現金在高については、それが他の証拠に照らし明らかに不合理であると認められない限りは、被告人の供述によってこれを認定するほかはない。

ところで、《証拠省略》によれば、被告人は、昭和四二年の期中において五―六〇〇〇万円の手持現金(いわゆる在宅資金)を保有していたことがあるというのである。期首、期末における現金在高が各二〇〇万円でその間に開差がないとすれば、期中に存在したとされる多額の手持現金は、(イ)期首における他の資産(すなわち過年分からの持込資産)が期中において現金に転化したか、(ロ)所得秘匿行為によって期中に発生した簿外資産が現金に転化したかのいずれかであると考えざるを得ない。そして、本件においては、所得秘匿行為の一部が証拠上認められないこととなるので、当該所得秘匿行為によって生じたとされる期中の資産増加分は過年分からの持込みによるものと判断されるから、その分については、後述のとおり「期首調整金」勘定を設けて、これを当年分の所得から排除すべきものとしたのである。

2 「③普通預金」勘定

弁護人は、「③普通預金」勘定のうち、(イ)三菱銀行町田支店(以下「三菱/町田」のように表記する。)におけるT機械名義の預金は被告人に帰属しないこと、及び(ロ)期中に発生した大川弘名義の預金がすべて当期利益によるかは疑問であり、在宅資金から一五〇〇万円を預金したものがあるほか残額の端数は利息が附加されたものと考えるべきであるから、過年分利益の混入があった旨主張する。

そこで、まず、(イ)T機械名義預金口座の帰属について検討するに、叙上所得秘匿行為の認定(前記第三の二)において明らかになったように、同口座は被告人においてT機械代表者Eに対する被告人の架空支払手数料計上のために新規に設定し、利用したものであることが認められ、その謝礼としてEに二〇〇万円を交付することとし、うち一〇〇万円を現金で支払い、うち一〇〇万円は同口座に残されていた残高一〇〇万円をこれに充当したものと認められるので、従って、三菱/町田T機械名義の普通預金残高一〇〇万円については右T機械に帰属するものと認めることができる。

次ぎに、(ロ)三菱/町田大川弘名義の普通預金については、前掲関係証拠によって被告人に帰属することが明らかであるのみならず、叙上認定のように所得秘匿行為の手段として利用されているのであるから、特段の理由のない限り、期中に発生した預金は被告人によって当年分の収益中からもたらされたものと推認し得るといわなければならない。

弁護人は、普通預金の残額の端数は明らかに利息が附加されたものと考えるべきであるから、これを期中に増加したとするのは無理であり、むしろ期首に存在したもの(過年分利益の混入)であると主張する。

しかしながら、預金者と銀行との間の普通預金契約は、銀行を受寄者とする金銭の消費寄託であると解され、特段の事由のない限り、普通預金契約上利息に関する約定は、毎年特定の月の銀行所定の日に一定の利率によって計算された金額を預金に組入れるべきものとされているのが通常である(ちなみに、押収にかかる三菱/町田の普通預金通帳には、「利息は当行所定の割合および計算方法により所定の時期に決算して元金に組入れ」る旨が明記されており、右通帳によれば、解約時を除き、毎年三月と九月の二回に利息の組入れがなされていることが窺われる。)から、右組入れによって初めて権利として確定し、所得が実現されたものと解すべきである。

従って、右組入れた日の属する年分の収益と解するのが相当であるから、組入れ日以前の計算上の数額は、未だ所得として実現があったといえないので、過年分利益の混入という主張は採用できない。

以上のとおりであるから、普通預金については、T機械名義の一〇〇万円のみを控除することとした。

3 「④定期預金」勘定

弁護人は、三菱/町田のH子名義の定期預金は、真実同女に帰属するものであって、これを被告人に帰属する実在仮名預金と看做すのは誤りである旨主張し、被告人も、当公判廷において、右にそう供述をしている。

証人H子も、当公判廷において、右預金は、自己の資金を運用してもらうため、被告人に預けておいたものである旨の供述をしている。

しかし、H子において、真実被告人に資金の運用方を委託したものであるとすれば、少くとも、同女自身で容易に行うことのできる定期預金による利子取得よりは有利な運用を期待してのことであったと解されるにもかかわらず、被告人において、委託を受けた金員を漫然定期預金化したまま長期間放置していること自体、不自然不合理であって、ひいては委託の存在そのものを疑わせるものであるのみならず、H子名義の定期預金の一部が被告人の仮名普通預金口座から振替入金されている事実に徴するときは、前示被告人及びH子証人の当公判廷における各供述は到底信用することができない。そして、《証拠省略》によれば、H子名義の定期預金は、被告人において自己の預金として管理し、かつ、捜査段階において自発的積極的に自己の簿外預金であることを申告し、一貫してこれを自認していたものであることが認められるから、これを被告人に帰属するものと認めるのが相当である。

なお、弁護人は、被告人名義(三菱/町田)の期中発生分二口はその端数からして期首から存在したもの(端数は利息)と看做さなければならない旨主張するが、端数それ自体については前記2と同様であって、右主張は採用できないし、また、本件全証拠を精査するも、昭和四二年五月二九日付及び同年一二月二六日付で発生した右定期預金の原資が期首に存在したとは認めることができない。

4 「⑦有価証券」勘定

弁護人は、神奈川中央交通株式会社の株式のうち、期中発生分の、I、J子、K子、L名義の計三万株は被告人のものではないとしてその帰属を争っている。

しかしながら、被告人は、右各名義の株式取得代金は自ら支払った旨供述し、各株主票の捺印は全て被告人の印と同一のものが使用されていること、名義を分割したのは一人の持株が二万株で全路線優待券がもらえるためであること、被告人も自ら右株券のすべてを所有している旨供述していること、妻J子は株のことは被告人が定期を無料でもらえるから買うときいたことがあり、金の払込みやその他は知らないと述べていることを総合すれば、右株式はすべて被告人に帰属するものとみることができ、被告人が各名義人に贈与したとする事実を認めることもできない。

なお、弁護人は、株式の配当金が現実に誰によって取得されたかの解明がなされない以上、帰属の認定につき合理的疑いを越えた立証といえないと主張するが、叙上認定の事実に併せ、各名義人が同一家族であって、支払銀行としていずれも三菱/町田に振込まれていることからみれば、右配当金もすべて被告人に取得されたものと推認し得るといえる。

5 「⑬車両」勘定

弁護人は、「⑬車両」勘定には、トヨペットクラウンとベンツの二台のほかに、昭和四一年六月頃事業用車両として購入し、その後事故を起したため翌昭和四二年二月頃売却した「フィアット」も算入すべきである旨主張し、被告人も当公判廷においてこれに符合する供述をなしている。

被告人は、捜査段階において前記二台しか所有していない旨供述しているが、これにつき弁護人は、当時右「フィアット」を資産計上しなかったのは購入直後に事故に遭遇したためであり、質問てん末書に触れていないのは、短期の所有のため忘却していたために過ぎないと陳弁する。

《証拠省略》によれば、被告人は昭和四一年一二月三一日現在において、トヨペットクラウンとベンツの車両二台のほかに、昭和四一年六月二二日に事業用車両として三四〇万円で購入した「フィアット」を保有していたが、その後間もなく右車両は交通事故により破損したため、昭和四二年二月一八日にこれを一八〇万円で売却したことが認められる。

そして、右車両事故の日時については、被告人において購入後「僅かの期間」を経過した後であると供述しているところに照らし、過年分の昭和四一年に生じたものと推認し得る。

そこで、右車両の昭和四一年一二月三一日現在の価額を検討するに、事故のため著しく破損したことから使用不能として一八〇万円で売却したのであるから、期首における「フィアット」の評価額は、同額の一八〇万円とみるのが合理的というべきである。従って、同金額を期首における持込資産として車両勘定の借方過年度金額欄に加算した。

6 「⑥売掛金」及び「⑮買掛金」勘定

検察官は、過年分(昭和四一年一二月三一日現在)の金額として、被告人が昭和四一年一二月一日にA夫妻から仕入れた土地の「買掛金」四一三二万六〇〇〇円のうち、水増分と考えられる一〇〇〇万円を控除した三一三二万六〇〇〇円、及びこれを同日小田急電鉄に転売した「売掛金」四四九四万六〇〇〇円をそれぞれ計上しているが、既に見た如く(前記第三の一参照)、被告人とA夫妻との土地売買の取引は、昭和四二年一月二七日に一括してなされたものであって、これを昭和四一年と同四二年の二回に分けて公表計上したのはA夫妻の要請による対税工作に過ぎないものと認められるから、過年分におけるA夫妻関係の公表買掛金、売掛金はいずれも実在しないものであることが明らかである。

そこで、「過年度金額欄」における買掛金から三一三二万六〇〇〇円、同売掛金から四四九四万六〇〇〇円をそれぞれ減額すると、「当期増減金額」欄の数額が右に見合う分だけそれぞれ増加する結果、差引一三六二万円だけ所得の増加を来たすこととなる。従って、この部分だけを見れば、一見被告人に不利益な結果を招くように見える。

しかし、右は、後述の「期首調整金」勘定中当年分仕入二〇〇〇万円の原資に相当する金額を計上したことと一体として観察すべきである。さきに判示した如く(前記第三の一参照)、被告人が過年分の買掛金を否認するのは、そのこと自体に意味があるからではなく、それが、公表上過年分と当年分に分けられているA夫妻からの土地仕入が実はすべて当年分になされたものであり、しかも、検察官において過年分及び当年分における仕入水増額と主張している各一〇〇〇万円が、実は当年分における仕入上乗せ額二〇〇〇万円として実在する旨の主張の前提をなしているからにほかならない。すなわち、過年分の買掛金を否定するのは、当年分において、過年分と当年分とを合計した額プラス二〇〇〇万円の仕入れがあったことの主張の反射的効果である。そして、かかる事情から過年分における買掛金の存在を否定する以上、被告人においてこれと直接対応する関係にある過年分の売掛金についてもその存在を否定することとなるのは、論理的必然である(仕入が当年分である以上、これに対応する売上が過年分に存在すべき道理はない。)。従って、過年分における売掛金、買掛金を否定することは、当年分においてこれに見合う売上、仕入があったことを意味するから、部分的にはその売買差益一三六二万円を当年分所得に加えることとなる反面、そうすることによって、初めて当年分の仕入を二〇〇〇万円余分に是認させる効果を生む訳であるから、全体としては差引六三八万円の所得の減少を来たすこととなり、これを事実上一体不可分の主張と見る限り、何ら被告人に不利益な主張に当るものではなく、また、証拠上右主張にそう事実関係が認められる場合において、修正貸借対照表上これにそう処理(⑥⑮及び)をしたとしても、訴因変更その他の手続上の処理は要しないものと解すべきである。

7 「⑯未払金」勘定

弁護人は、検察官の主張する当期未払金勘定九万二八四八円のほかに、昭和四二年一二月三一日現在、(イ)東和機械に対する支払手数料三七〇〇万円のうちの一五〇〇万円、(ロ)神奈川県海老名市(当時は海老名町)海老名地区における農地約八万坪の買収に関し、昭和四二年三月二八日頃の地主代表との会合において、地主全員に対し、昭和四四年中に支払う旨約束した買収協力金四〇〇〇万円(その後昭和四四年中にその一部二八八五万円を実際に支払った。)の二口、合計五五〇〇万円の未払金が存在した旨主張し、被告人も当公判廷において右にそう供述をしている。

よって検討するに、まず、(イ)T機械に対する三七〇〇万円の支払手数料については、さきに認定したとおり(前記第三の二参照)、架空のものであることが明らかであるから、その一部である昭和四二年期末における一五〇〇万円の未払金も実在しないものと認められる。

次ぎに、(ロ)海老名地区買収協力金四〇〇〇万円については、たしかに、昭和四二年三月二八日付で被告人から海老名町開発委員会委員長小野沢好一に宛てた「昭和三八年から行った海老名地区周辺の小田急電鉄株式会社、用地買取については地主各位のご協力により実現できましたが、農転手続の遅れに伴なう協力金として総額四千万円也を昭和四四年内に支払うことを確約します。但しその分配に関しては代表各位に一任します。」旨の「念書」が存在し、証人Nも当公判廷において右書面の作成期日に四〇〇〇万円の支払約束がなされている旨供述しており、また、昭和四四年中に各地主に弁護人主張のとおりの金員が支払われていることを窺わせる領収証が存在する。これらの事実を以って、弁護人は、少なくとも右文書作成・授受の当事者間では、支払先たる地主名は明確であり、かつ、被告人にとって支払約束即債務発生があったから、昭和四二年期末において四〇〇〇万円の未払金は存在するとするかの如くである。

しかしながら、未払金ないし未払費用として税法上債務に計上できるためには債務が確定することを要するところ、右債務の確定とは、当該事業年分中に、当該費用にかかる債務が成立し金額まで確定していること、若しくは、少なくともその金額が合理的に算出できるものであることを要するものと解する。

これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、海老名地区の土地買収に関しては被告人は仲介人であって、売買契約の当事者は小田急電鉄と各地主であること、小田急電鉄としては被告人に損失を補償する必要がなかったこと、仲介人に対しては小田急電鉄として協力金は支払うことは考えていなかったことが認められる。また、前掲証拠によれば、協力金(開発造成協力金)というのは、当時海老名地区の買収に時間がかかり、その間に土地の値上りに伴い買収値段に差異が生じたために、いわゆるハンコ料として小田急電鉄が地主に支払ったものであり、各地主が仲介人である被告人にハンコ料の請求を委任したことから、この件につき小田急電鉄は被告人と交渉したこと、小田急電鉄からの協力金の支払いが各地主に具体化したのは昭和四四年に至ってからであること、それまで各地主は金員を貰えるとは思ってもいなかったこと、小田急電鉄は海老名地区造成協力金として昭和四四年八月三〇日に五二〇〇万円、同四五年一月二七日に五〇〇〇万円、同年六月一〇日に一四〇〇万円を各々支払い(一四〇〇万円は未払)合計一億一六〇〇万円を被告人に手交したことが認められ(誓約書、確約書、領収証三通)弁護人の主張する二八八五万円はその受領日時(各領収証の日付に照らせば、その一部に昭和四四年一〇月初旬のものがみられるほかは、いずれも同年九月初旬の短期間に一斉に各地主に支払われたことが明らかである。)からして昭和四四年八月三〇日分五二〇〇万円の一部と推認できる。

以上の各事実を総合すれば、本件において税法上の負債としての未払金となるために最低限必要な被告人が各地主に対し具体的な債務を負担する契約を昭和四二年中に締結したとする事実を認めることができないから、税法上は債務は確定していないものといわざるを得ない。

前掲念書の記載は、被告人主張どおりの経緯で作成されたものであるとしても、たかだか被告人が仲介人の立場に在ったことから、地主のために小田急電鉄に対し協力金という名義で金員の請求をすることを約束したにとどまるものであって、被告人において土地買収契約の当事者ではない以上は、右念書の存在のみを以って、裁判上右に記載された金額の請求権を相手方から行使されれば何時でも債務者として支払債務の弁済をなすべき地位に在るとは到底思われない。しかも、当時、支払うべき相手方の地主が特定されていなかったことは、念書の宛名人が具体的に地主名を明記していないという体裁のみならず、被告人の経理事務担当者である証人Sも、昭和四二年分決算にあたり、被告人から未払金はいまだ個別の金額が確定していないといわれて確定決算として算入しなかった旨供述していることからもこれを肯認し得る。

以上のとおりであるから、弁護人の主張する未払金の存在は、いずれも認めることはできないといわざるを得ない。

8 「⑱店主貸」勘定

弁護人は、検察官が「⑱店主貸」勘定中に被告人の生活費を月額一〇万円、年間一二〇万円と計上しているのは、右金額が当時の平均生計費に相当するのか、被告人家族が右平均生計費を適用し得る状態にあるのか等推計の算出根拠を全く明らかにせず、立証責任を尽くしていないと主張する。

しかし、月額一〇万円の算出根拠は、所論のような平均生計費等からの推計ではなく、被告人の当公判廷における供述(当時生活費として最低一〇万円はかかっていた旨述べている。)及び被告人の妻J子の収税官吏に対する質問てん末書(被告人から生活費として毎月一〇万円を貰っていた旨述べている。)によって、証拠上認定できる事実である。同人らの右供述の信憑性の高いことは、それが、押収にかかる三菱/町田の被告人名義の普通預金通帳に鉛筆書きで「家経費」(「家計費」の誤記と認められる。)との注記を付した各一〇万円の払戻の記載が存する事実(たとえば、符6の7中昭和四二年六月二六日、同年七月一日分の各記載、符6の4中同年七月三一日、一〇月一一日分の各記載参照)によって客観的に裏付けられていることからしても、明らかである。そして、被告人の供述によって窺われる被告人の当時の生活程度からして、月額一〇万円の生活費は最低限と認められ、実際支出額がこれを上廻ることはあっても下廻ることはないと考えられるから、右認定は、実額と一致するか実額の一部の認定として許容されるものと言わなければならない。

次ぎに、弁護人は、検察官において交際費の一部である旅館「春光苑」に対する支払を被告人の個人的支出であると主張するのであれば、右金額を店主貸勘定に算入しないのは首尾一貫しないと非難するが、検察官が所得の一部につき訴追しないからと言ってこれを攻撃するのは明らかに被告人に不利益な主張であって、採用の限りでない。

二  その余の科目(職権による判断)

1 「②当座預金」勘定

検察官は、「②当座預金」勘定のうち、三井/町田のX名義口座につき期首(昭和四一年一二月三一日現在)金額を六万三〇〇二円、期末(同四二年一二月三一日現在)金額を六四〇二円として五万六六〇〇円の減額を計上しているところ、三井/町田支店長坂牧守作成の証明書によれば、期首、期末ともに六万三〇〇二円であって当期増減金額は零であること(検察官主張の六四〇二円は、昭和四三年五月三一日現在の残高であること)が認められる。従って、検察官主張どおりの減算をしない結果、課税総所得金額が五万六六〇〇円増加すべきこととなるが、この点につき検察官において訴因変更の手続をとっていないため、所得金額の増加を被告人に不利益に解決することは許されない。そこで、検察官主張の減算額五万六六〇〇円(「②当座預金」貸方当期増減金額)を認めない代りに、これに見合う金額を「期末調整金」貸方当期増減金額に計上し、所得金額が増加しないようにすることとした。

2 「⑫未経過利息」勘定

検察官は、「⑫未経過利息」勘定中、被告人のH子名義の借入金に関する分の期首金額を四三二〇円と計上しているところ、三菱/町田支店長有賀晋作成の証明書によってこれを算出すれば、右金額は四万三二〇〇円であることが認められ、他に検察官主張を裏付ける証拠はないので、右主張金額は違算又は誤記によるものと認められる。そこで、右算出金額四万三二〇〇円を「⑫未経過利息」借方過年度金額に算入する結果、同欄の総額は三三万六〇四一円となり、検察官主張との差額三万八八八〇円だけ、所得金額が減算されることとなる。

3 「元入金」勘定

「元入金」勘定については、過年度金額欄の借方(①ないし⑭及び)合計金額三億一五一二万七七五〇円から貸方(⑮ないし⑰)合計金額一億八三六二万二八二一円を控除して一億三一五〇万四九二九円と算出したものである。

これを検察官冒頭陳述書別紙(一)の修正貸借対照表過年度金額欄掲記の数額と比較すると、叙上説明のとおり、

(一) 借方合計金額につき、

(イ) 「⑥売掛金」を四四九四万六〇〇〇円減算、

(ロ) 「⑫未経過利息」を三万八八八〇円加算、

(ハ) 「⑬車両」を一八〇万円加算、

(ニ) 「期首調整金」を三六二七万九一二九円加算(後記第五の二参照)する結果、検察官主張金額三億二一九五万五七四一円から差引六八二万七九九一円を減算することとなり、

(二) 貸方合計金額につき、

「⑮買掛金」を三一三二万六〇〇〇円減算

する結果、検察官主張金額二億一四九四万八八二一円から右金額を減算することとなり、結局、検察官主張の元入金一億〇七〇〇万六九二〇円は二四四九万八〇〇九円だけ増加することとなる。

第五損益計算科目上の所得秘匿行為が認められない場合における修正貸借対照表上の処理(「期首調整金」勘定の設定)について

一  所得税逋脱犯の構造

本件の如き過少申告逋脱犯においては、(イ)期中において、売上除外、仕入の水増又は架空計上、各種経費の水増又は架空計上、簿外預貯金の設定等のいわゆる「所得秘匿行為」(その手段として、帳簿伝票類や証憑書類の破棄隠匿、偽造、改ざんや二重帳簿の作成等を伴うことがある。)が行われ、(ロ)申告期において、真実の所得額と異なる虚偽過少の所得額及びこれに基いて算出した税額を記載した申告書を所轄税務署長に提出する、いわゆる「虚偽過少申告行為」が行われるのが最も通常の態様である(本件においても、所得秘匿行為として、仕入の水増、接待交際費及び支払手数料の架空計上、簿外預金の設定等の行為の存在が主張されている。)。

ところで、所得は、期首期末間における財産状態の変化として把握することもできる(いわゆる財産増減法)が、財産状態の変化は原因なくしては発生しないものであり、その原因となるのは期中における個々の取引(損益計算科目)の存在である。従って、所得を虚偽過少たらしめる目的で行われる所得秘匿行為の大半は、期中における取引を対象としている。すなわち、損益計算上の勘定科目の操作(売上高、仕入高、期首・期末棚卸高、各種経費の除外・圧縮、水増・架空計上等)が主体であり、修正貸借対照表上の勘定科目が対象とされることは、比較的少いものと言える(この関係で最も多いのは、簿外預貯金の設定であるが、これは、損益計算上の所得秘匿行為によって生じた簿外資産の隠蔽という第二次的目的に基づくものであり、また、簿外預貯金によって生じた受取利息収入の除外は、損益計算上の科目である。この他に考えられるのは、資産・負債の帰属主体を偽る行為であるが、事例としては、少数に止まる。)。

このように、所得秘匿行為の大半が損益計算上の勘定科目に関連し、その存在が虚偽過少申告行為における虚偽過少の認識につながるものであるところから、所得の計算に損益計算が用いられている限り、面倒な事態は起らない。この場合は、所得秘匿行為は、修正損益計算上の該当勘定科目に、当期増減金額として数額まで明示して掲げられるから、被告人としては、当該数額そのものを争うこと(所得秘匿行為不存在の主張)もできるし、数額を認めてこれに対する認識の欠如を主張すること(犯意の否認)もできる。従って、当事者の主張に対する裁判所の判断も、当該勘定科目に関してなせば足りることとなる。

これに対し、所得秘匿行為として損益計算上の勘定科目に関連する行為が主張され、所得金額の算出に財産増減法が用いられているときは、いささか複雑な問題を生ずることとなる。損益計算上の特定の勘定科目が修正貸借対照表上の特定の勘定科目に結び付けられる場合、たとえば、T機械に対する架空支払手数料の計上のように、架空計上したとされる数額が修正貸借対照表上の特定の資産勘定(T機械名義の普通預金)に顕われている場合には、その処理は容易であるが、このような場合はごく稀であり、通常の場合は、所得秘匿行為によって発生した簿外資産が修正貸借対照表上のどの勘定科目に転化しているか(資産の増加又は負債の減少)を知ることは極めて困難である。従って、被告人において所得秘匿行為の不存在又はこれに対する認識の欠如を主張し、証拠上それが認められたとしても、直ちに修正貸借対照表上の各勘定科目に変動を生じないから、財産増減法によって算出される所得金額には何らの変動をも生じないという不合理な結果を導くことになりかねない。弁護人は、「本件の如く逋脱行為は損益科目の否認として主張され、逋脱額が資産増減法による場合、被告人の立証責任は著るしく過重されかねないのである。(中略)被告人が無罪を争う場合、資産増減法では所得の発生原因が明らかでないため、被告人としては全ての勘定科目を検討し、その上「真実の所得」を明白にしなければならないことになる。これでは被告人が無罪の立証責任を負うに等しい。刑事裁判の根本原理に反する結果となるのである。」と極論するが、前記のような不合理な結果を生じないような方策が見出されれば、右の非難は当らないこととなる。次項においてその方策を検討する。

二  「期首調整金」勘定の設定

損益計算上の必要経費に相当する勘定科目につき水増、架空計上があったものと主張されている場合において、証拠上、水増、架空計上の事実はなく、主張金額が実際に支出されたものと認められるときに、修正貸借対照表上どのように処理すべきかということがここでの問題である。

さきに述べたように、損益計算上の特定の勘定科目が修正貸借対照表上の特定の勘定科目と関連するときは、前者が変動すれば後者もこれに伴って当然に変動するから、とくに問題はない(本件についていえば、T機械に対する支払手数料の一部がこれに当る。)。

右以外の場合においては、修正貸借対照表上の各勘定科目が実額を以て立証されている以上、個々の勘定科目の数額の認定を変えることは証拠上許されない。しかしながら、所得秘匿行為とされた必要経費の水増、架空計上が認められないということは、同額の支出が現実に期中に行われたことを意味するから、それに見合う原資が存在したものと考えざるを得ない。そして、その原資は期中において支出されて期末には存在しないのであるから、期首に存在したか、期中に発生したかのいずれかでなければならない。

しかし、その原資が期中に発生したものと仮定することは、実額による財産増減法を用いて算定された所得金額以外に、証拠上認定できる必要経費の額に相当する収入金額が余分にあったことを証拠によらずして前提とすることになるから、さきに算定された所得金額が実額によるものであることと矛盾することになる。従って、この仮定は捨てざるを得ない。

残された方法は、その原資が期首に存在した(すなわち、過年分からの持込みである)と考えることである。この場合、その原資が期首にどのような資産の形で存在したかを知ることはできない。期中における支出が現金によってなされたとしても、それが期首に存在した現金をそのまま利用したのか、預貯金を引出したのか、資産を処分したのか等は確定できないから、個々の資産勘定のいずれかを特定して、その過年度金額であると認定することは不可能である。従って、個々の資産勘定とは別個に、「期首調整金」勘定を設定し、その過年度金額として相当金額を計上する必要がある。これは、一種の調整勘定であるから、期首調整金という種類の資産があるというのではなく、本来いずれかの資産勘定に属すべきものを、その科目を確知し得ないため期首調整金として計上するという趣旨である。

かくして、さきに指摘した不合理な結果に陥ることは回避されたものと言うことができる。

叙上の説明から明らかなように、期首調整金勘定に計上すべき金額は、所得秘匿行為として主張された必要経費の水増又は架空計上分のうち、証拠上実際に支払われたことが認められるもの及び水増又は架空計上であることの証明が不十分であるため実際に支払われたと取扱うべきものであり、具体的に指摘すれば、(イ)A夫妻に対する土地仕入代金中の二〇〇〇万円、(ロ)T機械に対する支払手数料二〇〇万円のうち、現金で支払った一〇〇万円(T機械名義の普通預金口座に残された一〇〇万円については、当該預金の被告人に対する帰属を否認することによって、修正貸借対照表上の普通預金勘定の中で解決できる。)、(ハ)接待交際費中キャバレー「パリー」、同「シャトーブルー」関係支払分一五二七万九一二九円の合計三六二七万九一二九円がこれに当る。そこで、これを過年分からの持込資産として「期首調整金」勘定借方過年度金額に計上し、右は期中に全額支出されたものであるから、貸方当期増減金額に同額を計上して期末金額に残さないこととした。

第六逋脱所得金額の算定について

以上の結果、検察官冒頭陳述書別紙(一)の修正貸借対照表掲記の数額と当裁判所の認定した数額(別紙(一)の修正貸借対照表参照)との異同は、次の如くである。

(イ)  「②当座預金」勘定

貸方当期増減金額から五万六六〇〇円を減算する(前記第四の二の1参照)。同時に「期末調整金」勘定を設定し、同額を貸方当期増減金額に計上したため、所得金額に変動を生じない。

(ロ)  「③普通預金」勘定

借方当期増減金額から一〇〇万円を減算する(前記第四の一の2参照)。

(ハ)  「⑥売掛金」勘定

借方過年度金額から四四九四万六〇〇〇円を減算する(前記第四の一の6参照)。右に伴い、貸方当期増減金額から同額を減算する。

(ニ)  「⑫未経過利息」勘定

借方過年度金額に三万八八八〇円を加算するとともに、貸方当期増減金額に同額を加算する(前記第四の二の2参照)。

(ホ)  「⑬車両」勘定

借方過年度金額に一八〇万円を加算するとともに、貸方当期増減金額に同額を加算する(前記第四の一の5参照)。

(ヘ)  「⑮買掛金」勘定

貸方過年度金額から三一三二万六〇〇〇円を減算することに伴い貸方当期増減金額に同額を加算する(前記第四の一の6参照)。

(ト)  「期首調整金」勘定

新たに科目を設定し、借方過年度金額に三六二七万九一二九円を計上するとともに、貸方当期増減金額として同額を計上する(前記第五の二参照)。

(チ)  「期末調整金」勘定

前記(イ)で説明したとおりである。

(リ)  「元入金」勘定

貸方過年度金額に二四四九万八〇〇九円を加算する(前記第四の二の3参照)。

以上の結果、被告人の昭和四二年分の実際総所得金額は六〇六八万二八二四円と算定されるところ、検察官は課税総所得金額を基礎として訴因を構成しているので、当裁判所も、実際総所得金額から所得控除額を控除した後の課税総所得金額六〇三〇万円を以って所得金額を認定した。右によれば、逋脱所得金額は三九三〇万七〇〇〇円、逋脱所得税額は二五八七万九二〇〇円である(別紙(一)の修正貸借対照表及び同(二)の税額計算書参照)。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、所得税法二三八条一項に該当するが、その免れた所得税の額が五〇〇万円をこえるので、情状により同条二項を適用し、所定刑中懲役刑と罰金刑を併科することとし、所定刑期、金額の範囲内で主文一項の刑に処することとし、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により主文二項のとおり労役場に留置し、右懲役刑につき、情状により同法二五条一項を適用し主文三項のとおり刑の執行を猶予し、なお刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して訴訟費用につき主文四項のとおり全部これを被告人に負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 松澤智 井上弘通)

〈以下省略〉

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